白い靴下を履け!シャツを出すな!もっとちゃんとしろ!
そんなことを言われた経験はありませんか?
僕はこれまでの人生を通じて、たくさんの常識というものを押し付けられてきました。
常識を押し付けられる度に「何故?」と思いつつも仕方なく従うことが大半。
学生時代は「早く、校則から解放されたい!」と思っていましたが、いざ社会に出てみると、社会には学校より多くの常識という壁が付き纏いうんざりしたのを今でも覚えています。
しかし、今ではいわゆる常識と呼ばれるものに縛られることも少なくなりました。
今回の記事ではそんな僕が常識とは何なのか、常識は守べきなのか、そんな疑問に答えつつも常識を疑うべき理由について解説していきます。
現状に不満や悩みを抱えている方はぜひ参考にしてみてください。
- 社会が窮屈に感じる
- 自由に生きたい
- 常識について知りたい
常識とは
そもそも常識って何?
辞書には以下のように記されています。
健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。
Google辞書より
当たり前のことしか書かれていません。
詳しくネットで調べても、なかなかピンとくる答えに出会えなかったので僕なりに考えた結果、常識とは「他人によって作られたもの」だと僕は結論を出しました。
小さなことから倫理観に関わることまで全ての常識は他人によって作られています。
例えば
- 箸の持ち方
- 年功序列
- エスカレーターの止まる位置
- 不登校=いけないこと
人間社会は個人ではなく、多くの人が作り出したものなので、考えやルールも同様に社会に反映されます。
なので、この社会で生きている限り人は常識から完全に解放されることはありません。
守るべき常識
本記事では「常識を疑うべき理由」というテーマで書いていますが『人に迷惑をかけない』『他人を傷つけない』ことが大前提です。
人は本来、生きているだけでも誰かに迷惑をかけている。
その認識をした上で常識を疑うべき理由を見ていきましょう。
常識を疑うべき3つの理由
常識を疑うべき理由は以下の3つです。
- 本当の自分を見つけるため
- 新しい視点を得るため
- 行動の制限を外すため
順番に解説します。
理由① 本来の自分を見つけるため
常識が他人によって作られたものであるならば、常識に縛られているうちは本当の自分を見つけることができません。
何故なら、常識に基づいた考えや発想は自分一人で生み出しているわけでなく、多くの自分以外の存在によって作り出されたものだからです。
つまり、常識に縛られれば縛られるほど、自分ではなく他者の考えに染まってしまうということになります。
なので、常識を疑わなければ本当の自分を見つけることはできません。
まずは自分が常識に縛られているということに気付きましょう。
それができなければ、いつまで経っても他人の考えを自分の考えだと錯覚することになってしまいます。
理由② 新しい視点を得るため
2つ目の理由は新しい視点を得るためです。
基本的に人は同時に2つの現実を見ることができず、1つの現実しか見ることができません。
そして、現実は100人いれば100通り見え方があります。
分かりやすく、会社員の人と経営者の人で例をあげてみます。
- 給料日が待ち遠しい
- 早く週末が来て欲しい
- 出来るだけ早く帰りたい
- 給料日が来て欲しくない
- 曜日が関係ない
- 社員には出来るだけ働いて欲しい
どちらが良い悪いという訳ではなく、人それぞれ持っている価値観が違うということです。
それはつまり、会社員の常識と経営者の常識も全く違うということになり、常識に縛られている人と常識に縛られない人でも違いが生まれます。
常識に縛られた会社員 | 常識に縛られない会社員 |
常識に縛られた経営者 | 常識に縛られない経営者 |
多くのチャンスや可能性は常識の中にはあまり落ちていません。
何故なら、大半の人が常識に縛られているからです。
常識の中にあったチャンスや可能性は大半の人に拾われ尽くされたのに加えて時代の変化もあります。
今の時代は常識に縛られない自由な発想の中に、生きるためのヒントがたくさん存在している可能性が高いです。
まずはガチガチに固められた常識を解きほぐし、新しい視点を手に入れましょう。
理由③ 行動の制限を外すため
常識に縛られると自分の行動にも制限がかかってしまいます。
何故なら、常識に縛られるということは他人に縛られるということだからです。
広い草原で誰もいなければ自由に走り回れたのに、多くの人に囲まれているせいで走れる範囲がギュッと狭くなってしまうのと同じ。
常識に縛られなければ、言いたいこと・やりたいことに制限をかけず広い草原を自由に駆け回ることができるでしょう。
もし、自分が世界に一人だけになったら何をしてみたいか?
一度自分に問いかけ、素直な答えに耳を傾けてみることで何かが見つかるかもしれませんね。
少数を恐れては幸せは手に入らない
常識から外れるということは少数派(マイノリティー)になるということです。
世の中には少数派になることを恐れて自ら常識に縛られることを望む人もいるでしょう。
クラスで多数決を取っていて自分はAが良いと思っていたけど、みんながBに手をあげたからそれに合わせる。
よくある光景ですよね。
人は多くの人と違うことをすることを怖いと感じます。
しかし、少数派になることを恐れていてはいつまで経っても自分のしたいことができません。
正社員・結婚・給料・家・車・保険・世間体・容姿・社会的地位、どれも正解なんてないということに気づいて欲しいのです。
多くの人が「間違っている」と言ってることが間違ってるわけではありません。
あなたの人生は誰が何と言おうとあなたのものです。
国が変わればあなたの常識は通用しないように、あなたの中の常識は変わらずとも、世に蔓延る常識は時代・環境・場所・状況によっていくらでも変わっていきます。
冷静に考えれば、そんな変動が激しいものに自ら合わせにいけばしんどいに決まってるんですよね・・・
並走しなくて大丈夫。
前を走っても、後ろを走っても良いんです。
自分の人生、常識に縛られず自分のペースで走り、多くの選択肢を持ってより良い人生を送りましょう。